2010年10月16日〜31日
10月16日 ルイス 〔ラインハルト〕

 学校なんかいらんというわりに、アキラはよく働く男です。

 ひとにも厳しいですが、朝は早めにきて事務仕事をしていますし、夜も皆のレポート読んでから帰ります。
 地下の犬をあつかましく客に売り込むのも彼ぐらいです。

 いつかおれが地下の犬ヤスミンを押し付けた時も、すごかった。中庭の客にニコニコしながら売り込んでいました。

 営業マンでもしていたのか、とたずねると、経験はないが、従業員も経営者の視点で働かなければダメだといいます。

 見ていると、よく動くので面白いです。


10月17日 ルイス 〔ラインハルト〕

 いまの季節は犬たちがわりと落ち着いているので、アクトーレスがバケーションをとります。

 一般企業のようにひと月も休めないけど、みんなアフリカから飛び出して旅行に行きます。

 ステファンは中国に行かないか、といいます。

 中国はいいけどバックパックの旅はいやです。ガキの頃さんざん放浪したんですから。

 そういうと、彼は別のやつを誘うといいました。おれの返事はわかってたようです。

 ほかのやつと行きたいなら、最初からそういえばいいのに。


10月18日 ルイス 〔ラインハルト〕

 今日はオフィスに来ておどろきました。

 アキラが臨時でミーティングをやると言っていたのでなにかと思ったら、みんながいきなりハッピーバースデーの歌を歌いだしたのです。

「ハッピバースデー・ルイス」

 おれはようやく自分の誕生日を思い出しました。
 皆の拍手の中、イアンがおれにリボンつきの長い包みをくれました。

「みんなからだ。選んだのはアキラ。日本から取り寄せてくれた」

 包みを破くと、釣り竿でした。

 ……あいつ、忙しいのにこんなことまで。


10月19日 ルイス 〔ラインハルト〕

 昨日の誕生日はひとりで酒を飲んでいました。
 ステファンは帰ってこなかった。たぶん、旅行の相手のところです。

 おれはべつにかなしくもありませんでした。

 おれはずっと釣り竿をいじったり、日本語のシールの文字を眺めたりして楽しんでいました。

 アキラはよくしゃべる男ですが、ひとが話すとちゃんと聞いています。
 おれのつまらない夢も覚えていたなんて。

 あいつが夜遅く、目をしょぼしょぼさせて釣り竿を選びんでいる姿が思い浮かびました。
 おれはようやく決意しました。


10月20日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 インスラの廊下に山のような荷物が出ていた。
 誰かと思ったらルイスだ。

「引っ越しか」

「ステファンがな。あいつを追い出すんだ」

 おだやかな彼らしくない。
 喧嘩したのか、と聞くと「いや。別れるだけだ」とさっぱりした顔をしていた。おれは一応

「死にたくなったら、おれのとこに来な。ビールでもごちそうしてやる」

 あとで、本当に来た。

「死にたいわけじゃないが」

 ルイスはビールを飲んでやたらと笑った。

「次はアキラにしようと思うんだ」

 へえ、知らなかったな。でも、ふたりは似合いだ。


10月21日 ルイス 〔ラインハルト〕

 配送スタッフに頼んで、ステファンの荷物を全部送り出したら、すっきりしました。

 部屋のなかが広い。
 さびしい気分がしないでもないけど、それよりも鬱陶しいものが去ったという気持ちのほうがでかいです。

 ステファンの持ち物、服は少なくて、本が多かった。環境保護の本ばかり。
 無教養で後進国への思いやりのないおれを非難する本ばかり。

 重いものがすっきりなくなりました。
 かわりに花を置きました。となりに釣り竿も。


10月22日 ルイス 〔ラインハルト〕

 ステファンと対決しました。

 荷物を放り出して、おれも気がとがめないではなかったのですが、やつはなんとそれに気づかなかったのです。

 よその男の部屋に寝泊りしていて、自分のインスラに荷物が山積みになっていることを知らなかったのでした。

 部屋に入ってきても、荷物がないことに気づかず、おれに旅行の金を無心してきました。

 あまりの無邪気さにおれは笑ってしまいました。でも、ようやく言いました。

「ステフ。おまえにこれまでいくら貸してるか、覚えてるか」


10月23日 ルイス 〔ラインハルト〕

 ステファンはすぐに不機嫌になり、

「報酬出たらすぐ返すって言ってんだろう」

「返してもらったことないよ。ここ3年で5万ドルぐらい貸してるが、そっちからなんか言ってきたことはない」

 だからさ、とステファンはまた腰を据え、慈善事業の話をしようとしました。
 おれは手で制し

「慈善事業をやるのはけっこうだ。おれはそいつに口を出す気はない。だが、おれはおまえが慈善をやるために、生活を保障してやる気はないんだ。ステファン、これでさようならにしよう」


10月24日 ルイス 〔ラインハルト〕

ステファンにもプライドはあります。
 おれとの仲はたいして惜しくなかったはずなのに、金のことを言われるのはくやしかったようです。

「あの日本人だろ。やつとつるむことにしたのか」

「おまえには関係ない」

「別れたいならいいさ。だが、金はすぐ返す」

 おれは言いました。

「いや、金はいいよ。おまえといて楽しかった。その分の経費だと思おう。友達と旅行に行く分は出せないが、借金はチャラにしてやる」

 彼はむくれましたが、借金が棒引きになって、一瞬、ホッとしたのがわかりました。


10月25日 アキラ 〔ラインハルト〕

ルイスと飲んだ。
ルイスはステファンと別れたそうだ。金のことを聞いておどろいた。

「五万ドル? そいつを棒引きにしてやったのか」

 おれは腹がたちました。

「ふざけんな。おれが取り返してやる」

 よせ、とルイスは笑った。

「どうせ、やつがまた別の借金を作るだけだ。――あいつはガキなんだ。途方もない理想ばっか言って、実行力は全然ない。旗をふるだけ。現場でもズルい慈善ドロに騙されてばっかりいるのさ」

 親父に似てるんだ、とさびしい顔をした。

「親父、嫌いだったのにな」


10月26日 アキラ 〔ラインハルト〕

 ルイスの親父がばくち打ちだった話は聞いていた。

 ルイスは長く家をもたなかった。いつも娼婦の家や飲み屋の隅で親父を待っていたという。

 ルイスは「親父がいつも、次は勝って豪邸建ててやるっていうんだ。勝ったらすぐ、女と酒にバラまいちまうくせによ」

 結局、親父は大勝ちした後、恨まれて殺されたのだ。
 おれは酒を飲みながら、もらい泣きしそうでこまった。

 だが、やつがニヤッと笑って言った時、酔いが完全に醒めた。

「おれんとこ来いよ。いま、すっきりしてんぜ」


10月27日 アキラ 〔ラインハルト〕

 おれは鈍いほうだが、さすがにやつが口説いているのはわかった。

「おまえ今、別れたばっかで混乱してんだよ。もっと飲め」

 だが、ルイスは飲まなかった。

「おれは浮気にはわりと寛容なんだ。ラインハルトが好きでも別に気にしないぜ」

 弱った。
 おれはガブガブ、ビールを飲んだ。

 こいつがもっといい加減なやつなら適当にあしらえるんだ。寝たいだけのスケベ男なら。

 だが、こいつは酔ってもいない。ニコニコしているが、どえらく真剣に答えを待っている。

 なんで?
 なんでこうなっちゃったの?


10月28日 ルイス 〔ラインハルト〕

 アキラはうん、とは言いませんでした。

 おれはちょっと卑怯なタイミングで口説いたのですが、やつはしばらく黙ったあげく言いました。

「おれはおまえにそんなひどい扱いはできないよ。べつのやつに惚れてるのに、おまえと寝るなんて」

「おれがかまわないって言ってるのに」

 アキラは首をふりました。

「おれは一穴主義なんだ」

 つい笑ってしまいました。そう来るとは思わなかった。

「ラインハルトとウォルフは別れないぜ」

 そんなことはない、と恨めしく言います。

「いつかチャンスはくる」


10月29日 ルイス 〔ラインハルト〕

 今朝からは、またいつもと同じです。

 アキラはせかせか働き、忙しいと悪態をつき、ラインハルトを横目で見てはヤニさがっています。
 おれもそれを黙って見ています。

 落ち込んではいません。むしろ、あの時、おれにつけいらせなかったアキラがよりいっそう気に入りました。
 あんな男だったら信用できる。

 アキラがラインハルトをあきらめないように、おれも気長に待つことにします。こっちはともかく、アキラの失恋率は100パーセントですから。


10月30日 ミハイル 〔調教ゲーム〕

 最近、CFの絵画クラスに通っています。

 まわりはみんなプロ並で見事な絵を描きますが、わたしは好きにやっています。
 絵で喰っていくわけではないので。

 でも、カフェでスケッチをしていると、通りすがりの人間が褒めてくれます。

「おれの顔描いてくれない?」なんて言うやつもいます。

 一枚描いてやったら、翌日うれしそうに言ってきました。

「あの絵、ご主人様に取られたよ。家に飾るんだって」

 ここは写真が撮れないですからね。


10月31日 フィル 〔調教ゲーム〕

 居間で新聞を読んでいたら、アルが逃げてきた。上からミハイルの怒鳴り声が聞こえる。
 ぼくは察して言った。

「ミハイルにセクハラするな。怪我させられたらつまらんぞ」

「ちょっとふざけただけなのに、男は怖いな」

 女なら裁判沙汰だ。

庭ではキースとロビンがラップ調でしゃべりながら、跳ね回っている。

「今日の、夕飯、エリック当番♪」

「腹へりゃ食えるぜ、エリック当番♪」

 キッチンではエリックがわめいている。

「誰か、ワーッ! 消火器ーッ!」

 ……この家は本当にうるさい。


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